
声優とは声で演技する役者です。アニメ『サザエさん』の波平役で知られている永井一郎さんに、声優になりたい人へ向けて、自らの「声優道」を語ってもらいました。2回に分けてお送りいたします。
ながいいちろう…5月10日生まれ。青二プロダクション所属。『サザエさん』(波平)、『YAWARA!』(猪熊滋悟郎)、『機動戦士ガンダム』(ナレーター、デギン・ソド・ザビ)、『うる星やつら』(錯乱坊)、『花田少年史』(柳原歳三)、映画『スターウォーズ』(ヨーダ)など、数え切れないほどの代表作を持つ。著書に『永井一郎の朗読のヒント』(ふきのとう書房)、『バカモン!』(新潮社)など。
◆青二塾 東京校 大阪校
オーディションで決まった波平役
波平の役はオーディションで決まりました。正直言いまして、『サザエさん』が始まった当時、波平という人物はあまり好きではありませんでした。「生ぬるいノンポリ(政治問題や学生運動に関心を示さない人)で、どこにでもいる普通のサラリーマンだ」と思っていましたから。どうして彼に人気があるのか分かってきたのは最近のことです。
それにしても波平の役は難しい。原作者・長谷川町子さんが初めて『サザエさん』を発表したのは終戦の翌年でした。そのとき波平は53歳。明治26・27年生まれということになります。しかし、放送されている作品の中で、波平は戦後生まれ。そうすると、波平の戦争体験はどういうことになるのでしょうか? 時代が人間を作ると言いますが、戦争体験を根拠にすると、波平の人間像は分からなくなってしまいます。
波平の捉え方

自身の著書『バカモン!』(新潮社刊)を手に笑う永井一郎さん
『サザエさん』がスタートして約40年。時代は刻々と移り変わっているのに、波平は、どんな時代にも通用する父であり続けなければなりません。とりも直さず「理想の父親」ということになるわけですね。それは人気が出るはずです。もはやメルヘンです。
磯野家に冷蔵庫はありますが、クーラーも車もパソコンもありません。カツオやワカメはテレビゲームをしていません。『サザエさん』の世界は現代であって、ここでもメルヘンなのです。波平はどの時代にも通用する父親像でなくてはならない。だから、「波平という人間」は作るのが難しいのです。何を根拠に波平という人間を捉えるかという問題です。
演技するということ
年に一度、大阪の教室で教えていますが、必ず生徒に「俳優の仕事って何か」と尋ねます。すると、みなさんハンを押したように「演技すること」「表現すること」と答えるんですね。でも、演技するってどういうことですか? 表現するってどういうことでしょう? 俳優の仕事って「らしく見せる」ことではないのです。
私は「俳優の仕事は人間をひとり作ること」と考えています。では、どうやって人間をひとり作るのでしょうか? 役の人間は必ず行動しています。行動しないのは死体だけ。ですから俳優は、役の行動を行動することで、役の人間を作るのです。行動が何かにぶつかればそこに初めて感情が生まれます。つまり、しっかり行動していれば、表現は自然についてくるということです。
人物の行動をつかむ
役者に成りたての頃、「ここではこういう行動を取っている」「ここではこんな背景がある」と、台本が真っ黒になるくらい書き込んでいました。「おはよう」という一言でも、本当の意味としては「ばかやろー」なんて書き込むのです。そうすると言葉としては同じ「おはよう」だけど、それは行動としての「おはよう」になる。
その人物の行動をきちんとつかんで行動すれば、表現しようとしなくても、自然と表現できてしまうわけです。役の人間がどういう考えを持ち、どういう行動をし、どんな社会の中で生きて、どのように他の登場人物と関わり合っているか。そういうことを全て理解することが必要です。
人間の専門家になる
ここでひとつ質問をしましょう。皆さんはボールペンという筆記用具を知っていますよね。では、このボールペンを作れる人いますか? 大阪の教室でこの質問をしたとき、手を挙げた人はいませんでした。当たり前ですね。知っているのに、作れないのはなぜか。それはボールペンのことをよく知らないからです。知っているようでいて、本当は知っていないのです。どういう材質で、どう加工して、どう組み立てれば完成するか分かっていない。
人間も同じ。人間を分かっていなければ、人間を作り上げることはできません。皆さんには人間の専門家になっていただきたい。
本を読み、スポーツ観戦し、いろんな仕事を見てほしい
人間を知るためにぜひやってもらいたいことがあります。
それは、本を読むこと、芸術を鑑賞すること、スポーツをやること。そしていろいろな人の仕事に興味を持ち、覗いてみたり、話を聞いてみたりすること。それから社会の中で自分がどう関わっているのか把握することです。
役作りや人間作りに大きく役立ちますから、是非頭に入れておいてください。
最近の若い人は、社会と自分との関係が希薄でいけない。「人に迷惑をかけなければ何をしてもいい」という考え方をする。電車の中で化粧をしているような神経では、役者にはなれません。それは舞台に出てからメークアップを始める女優のようなものなのですから。
役者というのは、スポーツ選手とは違って年齢的、体力的な限界がありません。年をとってもできる仕事です。むしろいろいろなことを経験するほどいい役者になれる。
私自身、会社勤めをしたことがありますが、それは大変いい経験だったと今にして思います。
永井一郎の声優道
第1回 道は長いから、焦らないで。役者は何をするのかを考えてほしい
第2回 社会勉強と人間観察を。そして、いい役者になってほしい
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